国際学

海外協力隊員としてカンボジア水泳代表チームを指導

東海大学 国際学部 卒業  沖田 咲さん

この記事でわかること

私は、東海大学で水泳部のキャプテンを務め、卒業後はJICAの海外協力隊員としてカンボジアで水泳代表チームを指導しました。国際大会で勝ちたいと願うものの任期は終了。帰国して結婚したのですが、諦められずにやがて単身プノンペンに戻りました。今度はカンボジア水泳連盟に雇用される形でヘッドコーチに就任。給料が支払われないなど状況は悪化しましたが、選手たちと踏ん張り続け、「もう教え子にコーチを任せても大丈夫」と思えたときに日本に戻りました。その後の2023年、カンボジアチームはとうとう国際大会でメダルを獲得しました。

東海大学で水泳部のキャプテンを務めた私は、卒業後はJICAの海外協力隊員としてカンボジアで同国水泳代表チームを指導しました。任期終了後は、カンボジア水泳連盟のスタッフとしてナショナルチームのヘッドコーチに就任。国際大会で表彰台に登ることをめざしました。水泳、東海大学、JICAなど、私が辿ってきた道のりをお話しします。

水泳を続けながら国際学を学ぶために東海大学へ

スイミングコーチの母のもとに生まれた私は、生後6か月でプールに入り、水泳にしか興味のない少女に育ちました。ところが、中学2年生の読書をきっかけに途上国問題を知りました。「大学では水泳を続けながら国際学を学びたい」と思うようになり、両立できる東海大学に進みました。

水泳選手を育てるためにカンボジアへ派遣

卒業が近づいて悩んだのは進路です。ゼミの先生のすすめで挑戦したJICAの試験に合格したときは、飛び跳ねてしまうほど嬉しかったですね。

2016年1月、カンボジア水泳連盟に派遣されてプノンペンに赴いてみると、濾過器が壊れたプールの水は緑色で、道具も足りていませんでした。でも、選手たちは底抜けに明るくて前向き。私は、「コーチが信じてくれたからいまの自分がいるんだ。私も最後まで彼らの可能性を信じよう」と心に誓いました。
選手たちとの距離が近くなるにつれて、「国際大会で勝ちたい」という思いはどんどん強くなりました。しかし2年間の任期が終わって帰国。私は結婚しました。

それでも、「選手たちを東京オリンピックに出場させたい」という夢を諦めることはできませんでした。2018年4月、単身プノンペンに戻り、カンボジア水泳連盟に雇用される形でヘッドコーチに就任しました。

過酷な状況でも奮闘。ついには国際大会でメダルを獲得!

給料が支払われない日々が続くなど、JICAの海外協力隊員という身分がなくなったことで、いろいろ大変な経験をしました。それでも、夢を叶えるために選手たちと踏ん張り続け、やがて、教え子たちがコーチをするようになりました。
彼らの奮闘する姿を見て、「もう任せても大丈夫だ」と思った私は、日本に帰ることにしました。国際大会でチームが表彰台に登ることはありませんでしたが、「できることはすべてやりきった」と思える決断でした。

2023年5月、水泳の国際大会が開催されるタイミングで約3年半ぶりにプノンペンに行きました。そして、とうとうこの大会でメダルを獲得したのです!
このとき、ようやく自分のなかでひとつの区切りをつけることができました。

いまは一般社団法人グローバル教育推進プロジェクトで「グローバルシチズンシップ育成」事業に携わりながら、この世界をより良くするために「自分には何ができるか」と模索する日々です。
みなさんも、国際学部で目標や夢を探し続け、失敗を恐れず、ぜひいろいろなことに挑戦してください。

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