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この記事でわかること
「政治哲学」は、政治に関する「ものの考え方」に対して、「言葉」という姿かたちを与えるものです。
さまざまなテーマがあるなかで、私は「戦争と平和をめぐる規範の問題」に取り組んできました。
ウクライナ問題では、「何のために戦っているのか」という根本的な部分に向き合う必要があります。
「主権を守るための戦い」なのか、それとも「個人の命・生活を守るための戦い」なのか。
そう考えることが、戦争の終わらせ方につながっていきます。
国際法などに反映される「武力行使に関する規範の問題」を原理的に問うことが求められています。
政治の営みに哲学を生かす「政治哲学」
私の専門とする「政治哲学」は、政治に関する「ものの考え方」に対して、「言葉」という姿かたちを与えていくものです。
「社会をこう変えたい」「みんなが豊かで幸せになるためには」といった自分の考えを発信して相手を説得し、共感を得る。それが政治の世界です。そして、政治家は、その「言葉のうえでのビジョンや理想」を現実へと変えていきます。
明確でない考えを言語化して捉えやすくする哲学が、この「政治の営み」に生きてきます。
政治哲学のなかにもさまざまなテーマがあり、私は「戦争と平和をめぐる規範の問題」について強い関心をもって取り組んできました。
たとえば、ウクライナの問題では戦術や戦況に関する報道が目立ちますが、「何のために戦っているのか」という根本的な部分に向き合う必要があります。「主権を守るための戦い」なのか、それとも「個人の命・生活を守るための戦い」なのか。そう考えることが、戦争の終わらせ方につながっていきます。
その前提には「国際法」があります。しかし、AIやドローンといった新しい技術が兵器に転用されるなど、既存の法律やルールでは追いつけなくなっています。こうした新しい枠組みを考えることは、「法律」と「哲学」どちらの課題にもなってきます。
私たちは残念ながら平和が武力によって脅かされる世界に生きています。国際法などに反映される「武力行使に関する規範の問題」を原理的に問うことが、これまでも、またこれからも、私の主要な研究関心です。
法律と社会に関する知識を得る政治経済学科
政治経済学科が法学部に設置されているのは、日本大学の法学部が「社会科学の総合学部」だからです。
ニュースや新聞を見ると、政治や経済の話題が多く扱われていますよね。政治経済に関する知識を大学で得ることは、実社会で生活していくうえでとても意味があります。
一方の法律は、社会が抱える諸問題の解決のためにあります。政治経済学科では、法律と社会的実践を結びつけて学びます。ここで身に付けたルールやものの考え方は、社会で大きな助けとなるはずです。
私は、学問分野に敷居を設けるのは非生産的で、実態に則していないと痛感しています。
哲学、法学、政治学、経済学、心理学など、人間と社会を扱う学問分野において、個々の学問は、同じ対象を別の角度から見ているに過ぎません。
政治経済学科で多様な学問分野を同時並行で学ぶことは、視野を広げる一助になるでしょう。
すぐに役立つ知識は、すぐに役立たなくなりがちです。一方で、たったひとつの言葉やひとつの体験が、その後いつまでも反芻(はんすう)されて人生を支えることもあります。
みなさんの学生生活が、長い目で見て「人生の糧」になるような知識と経験を得る場になってくれることを願っています。