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この記事でわかること
「超分子化学研究室」では、「ナノ粒子」や「ナノ材料」を開発しています。
物質をナノサイズ(1/10億メートル)まで細かくすると、まったく新しい性質が現れ、金(ゴールド)の場合は光を捕まえるようになります。我々はこの性質に着目し、世界に先駆けて、金属ナノ粒子を利用してエネルギーの低い光を高効率に高エネルギーの光へと変換する新しい材料の開発に成功しました。将来的には、太陽電池の発電効率向上につながることが期待されます。
さらに、金属ナノ粒子をがん細胞に送り、赤外線でがん治療を行う研究も行っています。放射線や抗がん剤に頼らない新しいがん治療法の実現を目指しています。
太陽の光を捕まえる「金ナノ粒子」
私が主宰する「超分子化学研究室」では、主に金属のナノ粒子・ナノ材料の開発に取り組んでいます。
1ナノは10億分の1メートルです。ウイルスの大きさが100ナノメートルほどですから、我々がつくっているものは人間の目には見えないサイズです。
なぜ、そんな小さな世界にこだわるのか? それは、物質をナノサイズまで小さくすると、もとの物質とはまったく異なる性質が現れることがあるからです。
この不思議な現象は古くから利用されてきました。その代表例が金(ゴールド)です。金はナノサイズになると鮮やかな赤色を示すようになり、この性質を利用した「金ルビーガラス(金ナノ粒子を含むことで鮮やかな赤色を示すガラス)」は、中世ヨーロッパの教会のステンドグラスにも用いられてきました。当時の職人は発色の仕組みを知りませんでしたが、その原因が金ナノ粒子であることは後になって明らかになりました。
金ルビーガラスが美しい赤色を示すのは、ガラスの中に閉じ込められた金ナノ粒子が黄色や緑色の光を特に強く集めるため、赤色の光が私たちの目に届くからです。
私たちは、この「光を集める」という性質に注目しました。小さな川でも、水をダムに集めれば大きな力を生み出すことができます。同じように、弱い光でも金ナノ粒子の周りに集めることができれば、これまで弱すぎて実現できなかった現象を引き起こせるかもしれません。
実は、このように光を集める性質は金だけでなく、銀や銅などの金属ナノ粒子にも見られます。それぞれ集めやすい光の色や強さが異なるため、目的に応じて材料を使い分けることができます。
「そんなことが本当にできるの?」という疑問と好奇心、それが私たちの研究の出発点なのです。
球形の金ナノ粒子を水中に分散させた溶液。金ナノ粒子が緑色の光を吸収・散乱するため、赤色に見える。
赤外線を利用して太陽電池の発電効率向上を目指す!
私たちがチャレンジしている研究の1つは、太陽電池をもっと高効率にする研究です。
一般的な太陽電池は、エネルギーの低い赤外線を十分に利用できません。そこで世界中で研究されているのが「アップコンバージョン」という技術です。これは、2つ以上の低いエネルギーの光(光子)を組み合わせて、1つの高いエネルギーの光(光子)に変える仕組みです。この光を太陽電池が利用できれば、これまで捨てられていた赤外線も発電に役立てられる可能性があります。
しかし、このアップコンバージョンという現象は非常に起こりにくく、実用化にはその効率を大きく高める必要があります。そこで私たちは、「光を集める」銀ナノ粒子に着目しました。赤外線を効率よく集められるように銀ナノ粒子の形や大きさ、並び方を設計すると、分子は「集められた」より強い光を受け取ることができ、アップコンバージョンの効率が飛躍的に向上することが期待できます。
2018年、私たちは 銀ナノ粒子を利用してアップコンバージョンを高効率化することに成功し、その研究成果を発表しました。その後も、「なぜ効率が上がるのか」という仕組みを明らかにしながら、より高性能な材料の開発を進めています。将来、この技術によってこれまで利用できなかった赤外線も有効活用できるようになれば、太陽光エネルギーをより効率よく利用できる社会の実現につながると期待しています。
球形の金ナノ粒子(左)をもとに設計した異方形状金ナノ粒子(右)。光を照射すると、尖った部分やくびれた部分に光が集まり、非常に強い電場が生じます。
無害な赤外線でがんを治療する、未来の医療技術を目指して
現在、私たちは光エネルギーを熱エネルギーに変えるナノ材料を利用した、新しいがん治療法の研究にも取り組んでいます。これまで紹介したアップコンバージョンでは、赤外線を「光」に変えてエネルギー問題の解決を目指しました。一方、今度は赤外線を「熱」に変え、医療に役立てようと考えています。
現在のがん治療には、手術、放射線治療、抗がん剤治療などがあります。しかし、がんの種類や患者さんの体の状態によっては、正常な細胞にも影響を及ぼし、副作用が生じることがあります。そこで世界中の研究者の間で注目されているのが「光熱治療」です。これは、赤外線を効率よく熱に変えるナノ材料をがん細胞に集め、体の外から赤外線を照射して、がん細胞だけを選択的に加熱して死滅させる治療法です。
私たちの研究室では、 赤外線をより効率よく熱へ変換できる金や銅やアルミニウムのナノ材料の設計や、がん細胞に届きやすくするためのナノ材料の開発に取り組んでいます。細胞実験では、設計したナノ材料ががん細胞に取り込まれ、赤外線の照射によって高い治療効果を示すことを確認することができました。
赤外線は、テレビのリモコンにも利用されているような安全性の高い光で、体の比較的深い位置まで届くという特長があります。そのため、患者さんへの負担が少ない新しいがん治療法として大きな期待が寄せられています。
現在は、マウスを用いた動物実験へ向けた研究を進めるとともに、日本大学医学部、日本大学薬学部、日本大学松戸歯学部の先生方と共同で、実用化を目指した研究を進めています。
将来、注射でナノ材料を体内へ届け、体の外から近赤外線を照射するだけで、患者さんへの負担をできるだけ抑えたがん治療が実現できるかもしれません。そんな未来の医療技術の実現を目指して、私たちは日々研究を続けています。
異方形状の金ナノ粒子を水中に分散させたコロイド溶液。可視光の赤色成分を吸収し、近赤外光にも強い吸収を示すため、淡い青色に見える。
大学1〜3年次は、面白い研究に出会うための準備期間
私はもともと企業で研究開発に携わっていました。自分が開発に関わった製品が実際に店頭に並ぶことは、大きなやりがいがありました。
その一方で、「もっと多くの人の役に立つ研究がしたい」「世界中の人々の暮らしに貢献できる研究に挑戦したい」という思いが強くなり、大学で研究を続ける道を選びました。
現在、私の研究室では、赤外線を利用したがん治療や、太陽光を有効利用するためのアップコンバージョン、新しいナノ材料の開発など、さまざまなテーマに取り組んでいます。どれも、「光」と「ナノテクノロジー」をキーワードに、人々の暮らしをより良くすることを目指した研究です。
研究に取り組む超分子化学研究室の学生(左)と須川教授
物質応用化学科では、本格的に研究に取り組むのは4年次からです。そのため、1〜3年次は幅広い知識を身につけながら、「自分は何に興味を持てるのか」を探す大切な期間になります。
実は、私自身も学生時代は、大学4年生になって研究室に配属されるまで、本当に面白いと思える研究に出会えていませんでした。研究を始めて初めて、「こんなに夢中になれる世界があったのか」と感じたことを今でもよく覚えています。
そして、「この面白さをもっと早く知っていたら、大学生活はもっと充実したものになっていただろうな」と思いました。だからこそ、皆さんにはぜひ好奇心を大切にしてほしいと思います。
高校生対象イベントで、来場者に研究の魅力を伝える須川教授
「これは面白そうだ」「もっと知りたい」と思える気持ちは、新しいことに挑戦する原動力になります。そして研究では、大きな発見だけでなく、小さな発見の積み重ねも大きな喜びになります。そのような経験を重ねた学生は、きっと充実した研究室生活を送り、その先の技術者・研究者としての人生も、より面白く豊かなものになっていくと私は信じています。