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日本大学歯学部の人見准教授が所属する生理学講座では、「口腔顔面の痛み」の研究をしています。
主な研究対象は、口内炎の治療に使われる漢方薬。漢方薬「半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)」は、その抗菌作用や抗炎症作用は判明していましたが、鎮痛作用の有無は分かっていませんでした。そこで、半夏瀉心湯の鎮痛作用のメカニズムを解明し、実際に効果があることを突き止めました。
口は食べる、呼吸する、話すといった生きる上で欠かせない機能を担っています。「美味しいものを食べる」「おしゃべりをして笑う」といった人生の喜びも支えています。誰もが痛みから解放されて豊かな生活を送られるように、日々研究を重ねています。
口内炎ができると痛くて辛いですよね。
口内炎は、主に、ほっぺたや唇を噛むなどして傷ついたところに、細菌が侵入することで起こります。
さまざまな食べ物が直接入る「口」のなかには、非常に多くの細菌が存在しています。それらに感染すると、粘膜の一部が潰瘍(かいよう)になって組織が露出し、神経に直接刺激が加わるため、大きな痛みが生じるのです。
とくに抗がん剤を投与している患者さんは免疫力が低下しているため、侵入した細菌が増えやすくなります。
私は、臨床医として口腔がん患者のリハビリに携わっていた頃、口内炎が悪化して痛みの範囲が広がる状況を目の当たりにしました。
唾液を飲み込むのも、口を動かすのも辛くて大変な患者さんたちを前に、「自分にできることはないか」と考えるようになったことが研究の原点です。
そして現在は、「なぜ口内炎は起こるのか」「どのようにしたら痛みを抑えられるのか」という点に着目して研究を進めています。
漢方薬の鎮痛メカニズムを解明。口内炎治療の新たな可能性
口内炎の治療では、麻酔薬やステロイド剤を使いますが、漢方薬も活躍しています。
「半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)」は、抗菌作用や抗炎症作用が判明している漢方薬で、実際に臨床の現場で使われています。
「痛みを抑える鎮痛作用もあるのでは」と考えられていましたが、その有効性やメカニズムは明らかになっていませんでした。そこで、漢方薬の企業と共同で半夏瀉心湯の鎮痛作用の解明に挑みました。
研究ではまず、使われている7つの生薬(しょうやく)を細胞レベルで解析し、鎮痛効果に関わる有効成分を特定。その成分を口内炎のラットに投与しました。
ラットの潰瘍部分に刺激を与えて逃避閾値(とうひいきち=痛みに耐えきれずに逃げ出す強さ)を計測したところ、確かな鎮痛効果が立証され、効果の持続時間も明らかになりました。
ラットを使った生体実験の様子
また、この有効成分は「潰瘍部分だけに浸透する」ことも判明しました。
リドカインなどの麻酔薬をうがい液で塗布すると、口腔内全体が麻痺してしまいますが、半夏瀉心湯ならば口内炎にピンポイントで効きます。この漢方薬は使いやすい薬であることも分かりました。
現在は、「黄連湯(おうれんとう)」という漢方薬の鎮痛効果について研究しています。
半夏瀉心湯に使われている「黄芩(おうごん)」という生薬には、若干ですが呼吸器に影響を与える可能性があり、臨床の現場からは「全身疾患がある患者さんや、がん治療をしている患者さんには使いづらい」という声が出ています。
一方、黄連湯は似たような生薬構成でありながら黄芩を含んでいません。これが半夏瀉心湯の代用にならないか、その可能性を探っているところです。
半夏瀉心湯(左)と黄連湯(右)
口腔顔面の痛みを解明し、人々の生きる喜びを増やしていく
私は、「痛みを与えない歯医者になりたい」という、子どもの頃からの夢を叶えるために歯学部に進みました。しかし、祖母が誤嚥性肺炎で亡くなったことをきっかけに大学病院に残る決心をし、高齢者歯科やリハビリを行う科で臨床医として従事しました。
やがて、現場で聞いた患者さんの声を研究へとつなげるようになり、現在は痛みと治療の研究に専念しています。
生理学講座(研究室)における指導の様子
植物由来成分、神経系統、ストレスなど、私は多方面から「口腔顔面の痛み」を研究していて、これまでにラベンダーの香りが口内炎の痛みを抑えることも解明してきました。
ラベンダーに含まれるリラックス効果のある成分「リナロール」が、「下降性疼痛抑制系(かこうせいとうつうよくせいけい)」という、痛みにブレーキをかける神経経路を活性化させ、口内炎の痛みを抑制するのです。
ラベンダーの香りに包まれた診察室で、リラックスしながら痛みも和らいでいく。そんな心地よい歯科治療が実現できたら素敵ですよね。
口や顔は、食べる、飲む、呼吸する、話すといった、私たちが生きる上で欠かせない機能を担っています。そして、「美味しいものを食べる」「楽しくおしゃべりをして笑う」という、人生の喜びにも深く関わっています。
ひとりでも多くの人が口腔顔面の痛みから解放され、豊かな人生を送られるよう、これからも研究を続けていきます。